<< バンアパへ | main | 遅ればせながら、実行委員長より >>

一定期間更新がないため広告を表示しています

| - | | - | - | -
 
KESEN ROCK FES'12が終わり、多くの方々に伝えたい感謝の気持ちを文章におこしては削除してを繰り返していました。

心の中にある感謝を文字にするのって凄く難しいですね。
たぶん、実行委員会メンバーもみんな同じ状況だと思います。

ただ、やっぱり伝えるって大事かなって。

伝わるかどうかを気にして書いたり消したりしてましたけれど、何も伝えずあとで後悔したくないので思い切ってアップすることにしました。

ブログで伝わらない分の感謝は、これから一年間かけて皆さんに少しづつ伝え続けていきたいと思います。

2011年の春。
震災から一ヶ月ほどしてケータイの電波が入るようになりTwitterを通して皆さんからのメッセージを拝見しました。
さらにはフェス関係者から集められた沢山の支援物資。
誰かが言ってたけど、過去にKESEN ROCK FESをやっていたお陰で助けられたねって。
人と人の繋がりって暖かいねって。
ホント、その通りだと思いました。

その後、the band apartのメンバーとKESEN ROCK FESの事について話をする機会がありました。
2011年の開催はできないこと、そして一年後も自分たちの生活や町並みがどうなっているか予想もつかないことを正直に話しました。
震災からの数ヶ月はひたすら瓦礫の中を長靴で歩き、足や手をクギやガラスなどで傷つけながら遺体を探し、知り合いを探し、普通の軽トラックで遺体を安置所まで運ぶ生活だったのです。
またフェスをやりたい気持ちはあるけれど、現実問題としては一年後どころか下手すりゃ数年先まで開催は難しいんじゃないかなと言う話をthe band apartメンバーは黙ったままうなずき聞き続けてくれました。

夏になりKESEN ROCK TOKYOの話を耳にしました。
the band apartや鹿野さん、LIVEHOUSE FEVERの西村さん、川口リーダー。

"またフェスをやりたい気持ちはあるけれど、現実問題としては一年後どころか下手すりゃ数年先まで開催は難しいんじゃないかな”

自分がthe band apartに話した内容を思い出しました。
もちろん、自分だけではなく実行委員会メンバー全員の気持ちだったと思います。

またフェスをやれるかもしれないという嬉しさと、色んな感情が心の中で渦巻きました。

黙ったまま話を聞き続けてくれたthe band apartメンバーの優しさ。
それに賛同し動いてくれたKESEN ROCK TOKYO実行委員会の方々。
感謝という文字以上の感情を現す言葉が思いつきません。
ありがとうございます。

KESEN ROCK FES’12開催。

震災後に励ましのメッセージをいただいた方々、支援物資を送ってくれた方々、炊き出しに来てくれた方々、ボランティア活動で来てくれた方々、KESEN ROCK TOKYO実行委員会の方々、KESEN ROCK TOKYOへ参加された方々。
KESEN ROCK FESに関わる全ての方々への恩返しをしたい一心で準備をしていました。
多くの方々から無理しない程度でと言われ続けましたが、結局は誰一人として手を抜かずKRF’12実行委員会メンバーは開催に向けて動いていたと思います。

それは自分たちの手でまたフェスをやれる喜びに溢れていたからだったと思います。

種山ケ原に組み上げられるステージをみて懐かしい気持ちになったり、沢山の人達とまた出会うことができたり、最後の最後まで実行委員会メンバー全員が楽しみながらフェスを開催することができました。

人と人とが繋がり。
それがKRF実行委員会メンバーにとって最高の財産です。
これからも繋がり続けて今回の恩を少しづつ返していけたらと思っています。

Twitter担当より
ヽ(・∀・)ノ
| KRF STAFF | 00:05 | comments(0) | trackbacks(0) | -
| - | 00:05 | - | - | -
COMMENT
TRACKBACK
この記事のトラックバックURL
SPONSORED LINKS
PROFILE
SELECTED ENTRIES
CATEGORIES
ARCHIVES
RECENT COMMENT
MOBILE
qrcode
LINKS
LIFE STRIPE
OTHERS
無料ブログ作成サービス JUGEM